アメリカの大部分は交通手段が車なので、まずは子育てに関して、ここが大きなネックになります。バスはその地域にもよりますが、土地がそもそも広いので、移動時間がかかってしまい、特にお子さんが病気になったときには現実的ではないのです。ただ、タクシーは呼び出すこともできますから車を持たない人や、空港などに行くときには使う人も多く、ここは発達しています。割高なのが痛い。

そうした意味で、まずアメリカで子育てを妊娠時から18-22歳までするスケジュールのある方は、車の免許とささっと運転する必要性が生じてきます。ここ大切!

日本も昨今では妊婦さんたちが定期健診する率が減っているという統計が出ています。すべてにおいて、アメリカ式の二極化が進んでいるという様相のうちのひとつに、これも含まれているということです。貧富や学歴、スキルや行事の大切さなどなど、この二極化は今後も進んでいくことになります。これが、国際化の大きな欠点であることには、みなさん気づいておられるでしょうか?小さい地域で決められた法則性や文化だけで暮らすのではなく、外界から新たな文化や考え方を取り入れると、その取捨選択に当然ばらつきが出るわけです。子育てもそのいい例です。

子育てのどの時期においても、居住区域をそれなりに選択すれば、日本のありきたりから上位水準以上のサービスや医療が受けられるのが、アメリカのいいところかもしれません。ただし、すべて英語です。日本人医師などは数と地域が限られており、その質や性格的相性などなどは最初から期待できるものではありません。

母親父親教室なども通り一遍の基本的なものから、ヨガや家事分担のプラン、上の子の教育問題を先取りして教えてくれるような教室もあります。しかも妊娠中の性生活についての学びなどもあって、日本では考えられない範囲のものもカバーしていることもあり、私のように左寄りの大学で学んで、それが日常になっている者からすると、日本ではチョイスが少ない!という苛立ちになるほどです。

私が住んでいたSilicon Valley、 San Francisco Bay Areaには、世界中で有名なスポック博士がしばらく住んでおり、リタイヤしたあとSan Diegoに引っ越してしまわれました。そこで94歳で亡くなるのですが、賛否両論ありますが、緩やかでいいのだ、子育ては、という主義に救われたお母さんたちは多かったため、20世紀後半は、彼の書いた本は、聖書に次ぐ第2位のベストセラーとなりました。彼自身は東海岸の出身者です。

お母さんたちがWomen’s Liberation Movement以降、外に働きに出るようになったので、幼稚園 Kindergartenではなく、Preschool が一般的になっていきます。さらに乳児まで対応するようにとDaycare centerというのもシステムとして加わってきました。この形態としては3つしかなく見えるものが、サービスや行政とのカップリングや補助金その他により、たくさんの選択肢があるので、やはり英語はできたほうがいいです。ママ友がいれば大丈夫!ということがあったとしても、お子さんの性格や学ぶための優先順位などにより、まったく同じものをコピーするわけにはいかないので、やはり専門家とじっくり話し合える英語力はあったほうがいいです。

他にもBaby sittersがかなり一般化しています。高校生・大学生から大人まで、このBaby-sitterをアルバイトや専門的な生業にしている人も多く、住み込みでやってくれる人も多いですし、外国人にはAu pairという住み込みして子どもの面倒や家事の一部をやってくれる代わりに、食住を提供する、というシステムもあります。この人選はとても難しいので、移住したばかりであれば日本人留学生などに、お子さんに日本語や日本の遊びなどを教える目的で、いてもらうのはいいかもしれませんね。

小学校から高校までがアメリカの義務教育です。ただし、大検と同じようなシステムがあり、アメリカの文科省が出すテストをクリアすれば、自宅学習が可能です。なぜこのようなシステムが小学校から可能か?というのも、その土地の広大さから来るのだろうと思われます。山の上でスクールバスが1軒のために来れないわけではないのですが、心苦しいと思う人はやはりたくさんいます。チョイスが多いということがやはりアメリカなのですね。

小中学校でのAfterschool programは、地域によってさまざまです。公的なものもあれば、私学もあれば、そうしたサービスをする会社もあります。ここのチョイスも多いので、子育てするには、チャンスが多いけれども、親御さんとしてはそれを選ぶ能力が求められます。

サッカーは子どもたちの遊びとして少しずつ拡散してきていますが、やはりアメリカのスポーツは、アメフト→野球→バスケット→サッカーの順番ですね。ちょっとした習い事も、そうした教室がたくさん混在しているわけではなく、車で送り迎えをしなければならないので、けっこうたいへんです。

小中高の義務教育は、私立ではなく公立に通う場合、どこに住むか?で大きく左右されます。同じ市内であっても、学区によってその質は変わります。これは家賃と相関性があります。日本でも東大に通うお子さんの家庭は裕福だという統計が出ていますが、同じです。むしろ、これは昔から同じなのかもしれないですね。塾はありません。 “tutoring services” or “test preparation centers”といったものが学校として会社が経営していますが、個人から教わる人口、すでに通っている学校にサービスとして備わっているものが多いです。塾に通うのが当たり前の日本とはまったく景色が違います。

大学では、職業に密接した学部を選ぶ傾向が強く、職業に繋がらない学びは歴史などとなっています。学んだことをしっかり職業に反映させるという意識は高いです。高校生になると進学希望者は、SATという定型試験を受けて、大学への願書に添えるのです。そのテストは在学中何度でも受けられますし、試験日はありません。日本や韓国のようにその日の筆記試験の重きが絶大ではなく、日ごろの積み重ねをどのようにプランして実力を反映させるか?が問われます。大学への提出書類も、自分が自分を売り込むPersonal Statement(作文)の重きや内申も大きく、ボランティア活動欄や部活など、日本よりも多角的に見られます。

本編では、大まかなことをざっくりと書き連ねましたが、今後細かいことを書いていきたいと思います。